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対する取り組み(Watershed Approach)の必要性が強調され始めている16)。本来的につながり合った系を分断することのないように調査研究や評価の体制を養えていく必要がある。
さらに、実際に評価を下すための基準の問題も残されている。大別すれば、米国のミディケーションで用いられているno net lossという現状保全を基本とする考え方と、最初に挙げたオランダの例のように過去の特定の時点などをreferenceとして採用する考え方がある。前者は理解が得やすいものの長期的にはじり貧で大幅の環境改善は期待できない。後者では基準の設定について十分なコンセンサスを得るため広範な論議がまず必要となる。
生態系にもとづく定量的な評価の方法として、将来的には干潟の物質循環モデルのような生態系の数値モデルの開発と応用が大いに期待される。そのための前提としても、沿岸海域の生態系の構造や機能について良質のデータを確保しそれを評価に有効に活用できるようにするためのデータベースの整備がまず必要である。開発の影響や環境造成の効果などの評価方法の妥当性を検証し評価の精度を高めるには、事後の環境や生態系の変化を継続的に監視し基礎的なデータを蓄積することが必要不可欠であるが、そうした長期的な環境監視(モニタリング)はこれまでほとんど実施されておらず、そのための指針や体制を整えることはこれからの緊急の課題といえる。できるだけ長期にわたる(少なくとも10年規模の)生物データを蓄積し、人間が関与した生態系の中で何が起こるのかを継続的に監視するとともに、モデルによる予測と並行して生物量や種組成の変化を引き起こす生態系の機能や動態にもっと目を向けた調査を実施していくことが必要である。
さらに言えば、開発がらみの影響モニタリングにとどまらず、公的な機関あるいは自治体などによる恒常的な生物環境監視の体制づくりを早急に進めるべきであろう。さきに示した海岸動物の種類数の年代的な変化(Fig.5)からも、このような生物を含む継続的な現境監視の重要性は明らかである。このようなデータベースが日頃から準備されていてはじめて、事前と事後の比較など沿岸開発等の影響に関する科学的な検証の方途が開けるようになる。フランスの地中海沿岸では、沿岸の埋め立てなどによる藻場の衰退など不可逆性の強い生態系への影響が危惧されているが、小松輝久博士(東京大学海洋研究所)からの情報によれば、最近は業場に影響を与える埋め立てを法的に禁止するとともに、大学の研究者が主体となった環境保全のための公益法人が組織され、地域の自治体職員らの協力を得ながら定期的なマッピングによる藻場の監視をはじめ、生態系の変化に関する継続的な調査活動を展開しているという。わが国でもこうした動きを参考にしながら、将来に向けて息の長い生物生態情報を蓄積していくことを考える時期にきているように思う。

 

参考文献

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